だんまちとは何者か??
だんまちとは何者か??
こんにちは.”だんまち”と申します!
※某アニメとは関係ありませんw
まず最初に,インターネット上にある無数の記事の中からこの記事にアクセスしてくださり本当にありがとうございます.
突然ですが,あなたは今悩んでいることがありますか??
将来が不安
会社を辞めたい
副業がしたい
お金持ちになりたい
こんなことを考えながら毎日を過ごしていませんか?
このままではダメだとわかっているのに,日々の生活をなんとなく続けている.
何かをしなきゃいけないのに何をしていいかわからない.
生きる意味なんてあるのかな.もう死んでもいいんじゃないか.
昔の私もこんな感じでした.
でも大丈夫です.
あなたなら成功できます.
なぜかって?
だってこうやって私の記事を見てくださってるじゃないですか.
それだけで行動できている証拠ですよ.
将来が不安だなと思っても行動に移す人って結構少ないですよ.
あなたが本当に悩んでいるから,本当に悩みを解決したいからこそ,こうやって真剣に色々調べて,私の記事にたどり着いたんですよね.
なかなかそんな行動力のある人いませんよ.
今まで本当に辛かったと思います.
でももう大丈夫です.
この出会いが,あなたの人生を劇的に変えるきっかけになると
断言します.
なぜならあなたの行動力があれば,あとは,適切な努力と情報を得るだけであなたの夢は叶うからです.
その行動力があるならもう一歩だけ踏み出してみませんか??
ここからは私の自己紹介を通じて,インターネットビジネスを始めたきっかけやもろもろの過程を説明していきたいと思います.
【自己紹介】
改めまして,だんまちと申します.
私は現在,通信業界でサラリーマンとして働いています.
去年大学を卒業したばかりなので,まだ社会人1年目のひよっこです.
ネットビジネスは26歳の時から始めていて,今も副業として行っています.
【壮絶な受験生時代】
26歳からネットビジネスを始めて,いま会社員1年目
「ん?年齢おかしくないか?」と思った方,勘が鋭いですねw
そうなんです.実は私,センター試験を4回も受けてるんです.
いわゆる3浪ってやつですね.
なぜ私が3浪もしていたかというと,医学部を目指していたからです.
ここでは,私の高校時代から大学に入るまでの過程を皆様にお伝えしたいと思います.
私は高校1年生の秋から予備校に通い,本格的に受験勉強を始めました.
「受験勉強始めるのはやくない?」と思った人もいるかもしれません.
でも私は当時から本気で医学部を目指していて,絶対に現役で受かりたいと思っていたのです.
ただ,こんな早い時期から予備校に通うとお金もかなりかかります
だから親には反対されました.
「お金もないし今から予備校なんて通わせられないわよ」
「大体あんたこんな時期から頑張れるの?」
と言われ一時は却下されました.
ただ,その後頻繁に自分の「医学部に行きたい気持ち」と「やる気」を伝えると,悩んだ末に親は「頑張りなさいよ」とだけ言ってくれて,OKを貰うことができました.
この時予備校に通わせてくれた親には,本当に心の底から感謝しています.
このような経緯で私は,周りが誰一人予備校に通っていない中,自分だけ予備校に通うことになりました.
その後は本当に高校生活と予備校だけの毎日を過ごしました.
休日は,部活が午前なら午後に予備校に行って勉強し
部活が午後なら午前と部活動後に予備校に行って勉強する.
平日は部活動の終わりが大体19時頃だったので
そこからダッシュで予備校に向かい19:30から23:00まで予備校で勉強し
終電の一本前の電車で帰ってご飯を食べてお風呂に入って深夜1時に寝るという生活を繰り返していました.
そんな生活が部活動を引退する高3の夏まで続きました.
しかし,ここまで頑張って勉強を続けたのにも関わらず,引退後最初の模試の成績はE判定でした.
この時点で既に結構メンタルにきていました.
でも悲しいって思っても仕方ないし,周りの友達も頑張ってるし,ここからの半年間が勝負を決めると信じて,勉強していきました.
引退後の勉強は毎日最低10時間,多いときには15時間くらいやっていたので,平均すると12時間くらいやっていたと思います.
そしてやっとその頑張りもあって,高3の冬の時に受けた全国記述模試,センター模試ではC判定を取ることができました.
これはいけるかも!っと思ったのですが,本番の試験では思うように点数が取れず
結果は不合格.
普通に実力不足だったと思います.
医学部しか受けなかったので自動的に浪人が決まりました.
流石にショックで3日くらい寝込みました.
気晴らしに遊んでみたりもしたのですが,ここから勉強だけの毎日が始まると考えると,全然楽しくありません.
気落ちしすぎてメンタルが崩壊しかけたのですが,同じように浪人した友達に励まされ,なんとか一緒に予備校に通うことになります.
最初はやる気を出すのが大変でしたが,徐々に慣れていき勉強に集中できるようになりました.
そうして一日に10時間以上勉強する毎日を一年近く行った結果,模試の結果もB判定を安定して取ることができ,A判定も何度も取るくらいに学力があがりました.
そして本番のセンター試験では得点率90%を超えることができました.
今度こそいける!!
と思いながら,その勢いで二次試験に望みました
しかしその年,私が受験した大学は試験の傾向が代わり,問題が急激に難化.
私は二次試験本番中に,全然問題が解けない事に焦りに焦りました.
「なんで解けないんだ!おかしい!やばい!」
「ここで失敗したら,高1から頑張ってきた4年間の努力が全て水の泡になる!それだけは死んでも嫌だ!」
試験中は本当に胸がはちきれそうな状態でした.
そして,終始その状態でまともに頭を働かせることも出来ず,無情にも試験終了のチャイムがなりました.
チャイムが鳴り終わったあと冷静に戻ったのか,自分でも不思議なくらい問題の解法が頭の中に次々と浮かんできます.
「え?なんで俺あの問題解けなかったんだ??」
「やったことあるやつじゃん!うそだろ??? 」
「10分前に戻りたい(泣)」
そんな事は無理なのは分かっているのに本気で神様にお願いしてました.
そして当然,結果は不合格
2浪が確定しました.
その時,自分の心の中にある何かがポキっと折れたのが
自分でも明確にわかりました.
ここからは本当に酷かったです.
まず,落ちてから一ヶ月間何もしなかったです.
親と話したくなかったので夜に起きて,朝に寝るという生活を続けていました.
当たり前ですが,そんな状態が続くと親から色々言われます.
「これからどうするの?」
「2年遅れたからって何よ」
「頑張りなさいよ」
今思えば,励ましのつもりで言ってくれたんだと思います.
でも,当時の私にはそれが目障りでしかなかったのです.
「もう医学部なんてやめるんだよ!自分の苦しみもわからないのに頑張れとか言うなよ!何もわからないだろ!」
と暴言をはいてしまい,親と喧嘩し,終いには親を泣かせてしまいました.
本当に最低なヤツですよね
そもそも自分から医学部目指して予備校に行きたいとお願いしたのに,自分の苦しみをわかってほしいとか,医学部をやめるとか,自分勝手にも程があります.
その後,また予備校に通うことになるんですが,一週間で全く行かなくなります.
でも家にいるのはまずいので親には予備校に行くふりをしてました.
お昼代として貰った1000円をゲーセンに流し込んだり,朝から晩まで電車に乗って寝ていたりという毎日を過ごします.
クズ過ぎて書いている自分でも引いています.
そんな生活を続けていれば当然受験なんて上手くいくはずがありません.
一浪目と比べて成績は格段に落ちて,医学部どころか,普通の学部の大学すらひとつも受かりませんでした.
3浪が確定しました.
どん底に落ちた気分でいっぱいでした.
もうこの時はショックという気持ちもありませんでした.落ちて当然だったからです.
ただもうとにかく勉強がやりたくなくて,親にはショックを受けたふりをして,ずっと家で寝込んでいました.
そうこうしていると,親がとうとうキレてきました.
「お前もう家から出ていけ!!」
「勉強しないなら働け!!」
と言われました.
まぁ当然ですよね.
流石に家を出たら死んでしまうと思ったので仕方なく,また予備校に通うことになります.(クズ過ぎて吐きそう)
同じ予備校にはもう行きたくなかったので東京にある予備校に行きました.
そしたら本当に偶然だったのですが,最初の授業で隣に座っていたのが,同じ3浪目の予備校生でした.
友達とか作る気は全くなかったんですが,この人と友達にならないわけがありません.(多浪を経験してる人ならわかるはずです笑)
友達が出来てからは,少し気持ちが楽になったからか,多少は勉強するようになりました
そして,医学部は無理だったものの,なんとか普通の理工学部の大学に進むことができました.
【現実逃避をし続けた大学生活】
私が進学したのは普通の理系の大学だったので,3浪している人は自分の周りには誰一人いませんでした.
大体現役か1浪の人がほとんどで2浪の人が100人に一人いるくらい.
「なんで3浪もしてるのww」
「やばくない?w」
「卒業しても就職出来るの?」
冗談で言っているつもりの人も多かったと思いますが,3浪している私に向けられるこういう視線は本当に辛かったです.(浪人時代の生活を考えれば当然の報いなんですけどね)
加えて,高校の同期はすでに大学4年生で,もう就職が決まっている人もたくさんいました.
このような状況におかれると,浪人時代の3年間はなんだったんだろうと思うようになります.(少なくとも2年間は自分のせい)
医学部なんて目指さなければよかった.
最初から妥協して現役で受かる大学に入っとけばよかった.
と後悔するときもありました.
いや,逆に
なんで3浪までしたのに医学部を諦めてしまったんだろう
もう少しちゃんと勉強すれば良かった.
と,医学部を諦めてしまった後悔の方が大きかったかもしれません.
こんな事をずっと考えながら大学生活を行っていたので,本来楽しいはずの大学生活は全然楽しくなかったです.
別に,遊んでいなかったわけではないんですよ.
逆に,徹夜で麻雀をしたり,朝からスロットを打ちにいったり,カラオケやボーリングをしたりなど,毎日とにかく遊びまくりました.
でも遊んでいる最中にはいつも頭の片隅に医学部のことがチラついているんです.
「私はこのまま遊んでいていいんだろうか」
「医学部を諦めたまま普通の人生を送っていいんだろうか」
と常に悩んでいました.
本当はこう思っていたのにも関わらず遊び続けていたのは,この悩みを遊ぶことで紛らわしていたからなんですよね.
「別に普通の人生で良いじゃないか」
「普通にサラリーマンになって普通の生活をするのが一番幸せなんだ」
と本当の自分に嘘を付きながら過ごしていました.
そうやって私の大学生活は現実逃避を続けながら過ごしていきました.
【個人の力で稼ぎたい】
4年以上ほぼ毎日遊んでいると流石に飽きてきます.
(ちなみに私は就活をしたくなかったので逃げるように大学院に進み,モラトリアムの延長をしています)
今まで自分の気を紛らわしてきた遊びもなくなり,就職活動も段々近くなってきます.
そうなるといよいよ現実逃避を続けることが難しくなってきます.
ここで思ったのが「医者以上にお金を稼いでやりたい」ということでした.
医者以上にお金を稼ぐことができれば,自分の中の医学部に行けなかった後悔を払拭できるかもしれない.
そう思ってお金の稼ぎ方を色々調べました.
そこで出会ったのが「ネットビジネス」でした.
【仲間との意識の違い】
ところが,これが全然上手く行きませんでした.
最初に始めたのがパチスロ系のyoutuberです.
当時パチスロ系のyoutuberが流行っており,自分もパチスロが好きだったので出来るんじゃないかと思い始めてみました.
毎日投稿するなら一人ではかなり厳しいので,当時一緒にパチスロを打っていた友達3人を誘って行うことにしました.
今考えればこれが間違いでしたね.
というのも活動を進めていくうちに,自分との意識の違いを感じてしまったのです.
私がyoutubeの毎日投稿を掲げて,毎日動画の撮影を行っているのに,他のメンバーは撮影も動画編集もほとんどしませんでした.
ちゃんとやってほしい旨は多少伝えたのですが,私は自分の価値観を他人に押し付ける事はしたくなかったし,友達の関係も崩したくなかったので,あまり強くは言えませんでした.
そして結局,10個ほど動画を作っただけで終わってしまいました.
もちろん一円も稼げなかったです.
このあとも,一緒に行うメンバーを変えながら色々なネットビジネスにチャレンジしてきました.
大学で学んだプログラミングの知識を生かしてパチスロのデータサイトやアンケートサイトを作りました.
また,麻雀動画や雑談系の動画をとってyoutubeにアップロードしていました
しかし,結局どれも収益化までは達成出来ずに,失敗しました.
失敗した細かい原因は個別にあったのですが,今考えれば根本の原因はいつも同じでした.
そうです.
周りの意識と自分の意識との差を感じて自分のやる気が無くなってしまったのです.
みんなアイデアを出した直後はやる気があるんですよね.
でもみんな一週間後,下手したら次の日には何もしてないんですよね.
それが嫌になってしまって.
でも自分ひとりだとやる気が起きない.
私はメンタルも相当雑魚だったのです.
そしてその当時は根本の原因すらも自分で気づいていなかったのです.
本当にバカでしたね.
【うつ病に】
あれは,アンケートサイトを作っているときでした.
当時一緒に作っていたSさんと今後の方針について意識合わせをしていたら,将来どれくらいお金を稼ぎたいかという話になりました.
その時に私は,
「絶対に月収100万円は稼ぎたい!そのためには継続して作業をやっていくことは必須だからせめて週に2回は行ったことを報告しあわないか?」
という提案をしました.
そのときの返答はこうでした
Sさん「〇〇(友達)とも話したけどさ,やっぱりお前タギッてるよ(熱くなりすぎだよ)」
私「えっ?」
正直私は驚きのあまり固まってしまいました.
だって私は週に2回でも少ないと思っていたからです.
本当は毎日やりたかった.
でもそれはあまりに迷惑だと思ったからせめて週に2回でという提案をしたのです.
だからまさかこんな返答が返ってくるとは思いませんでした.
「俺たちなら出来る!」
「絶対に成功しよう!」
って約束したじゃないか…
私は友達に裏切られたショックで心がいっぱいでした
色々な思いが込み上げ,涙がとまりませんでした.
でもバカな私はSさんの言葉を真に受けてしまい,自分がおかしいのかと思ってしまいました.
そして
「もうやめよう...」
「何もしたくない…」
と思うようになってしまいました.
その後の残りの大学生活は本当に最悪でした.
今まで就職活動や大学の研究の時間をほとんど削ってネットビジネスをやっていたので,その2つは散々な状態になっていました.
それに加えて今は何もやる気が起きない精神状態です.
いよいよ私はうつ病になってしまいました.
うつ病になってからは私は研究室を休みがちになり
就職活動もほとんどしなくなりました.
本当にクズですよね.
【変化】
その後は,うつ病になりながらも,カウンセリングや精神科に通い,卒業だけは何とか出来ました.
ただ,就職先は自分の希望した企業とは全く違う企業になってしまいました.
まぁ当たり前ですよね.
「このまま俺は一生やりたくないことを仕事にしながら人生を送るのか」
と絶望しながら生きていました.
そんな絶望した毎日を送っていたある日,ダラダラとSNSをやっていると,偶然ある人物と出会います.
なんだか怪しいなと思っていましたが,その方は実際にネットビジネスで成功されている方でした.
そして,「他にもネットビジネスをやっている仲間がいるから実際に会ってみないか?」と誘われました.
私はまだ怪しいなと思っていましたが
「会ってみるだけなら別に損はしないだろう」
「ネットビジネスを再び始めるチャンスかも知れない」
「ここで行動しなければ一生何も出来ないな」
と思ってとりあえず会ってみることにしました.
そして実際に4人のネットビジネス成功者とお会いすることが出来ました.
会ってみるとその人達はみんなとても明るくてお金もいっぱい稼いでいて,こんなすごい人いるんだなっていう印象でした.
その人達からは
周りの人の環境と人に教えてもらうことの重要さを教えて貰うことができました.
確かに過去の自分を振り返ってみると,周りの友達は全然やる気がなかったし,教えて貰おうにもビジネスをやっている人は周りに全くいなかったし,環境が悪かったんだなと思うようになりました.
そして私は怪しいという感情もなくなり,新しい環境に勇気を持って飛び込んでみようと,この人達についていこうと決めました.
この選択が自分の人生のターニングポイントとなりました.
【成功体験】
ここからは本当に早かったです.
わたしは師匠達の教えを愚直に守り,努力を続けた結果,わずか2ヶ月で収益を上げることが出来ました.
おかげで少しつづですが,今まで予備校に通わせてくれた親にお金を返すことも出来ています.
そしてこの方法を大学の後輩に伝授したところ,2ヶ月で10万円の収益を達成し,バイトをやめることが出来たと,めちゃくちゃ感謝されました.
やっぱり感謝されるのって嬉しいですよね.
私は人に感謝されるために生まれてきたと言っても過言ではないと思っています.
【最後に】
さて
次はあなたの番です.
ここまで記事を読んでくれて本当にありがとうございます
2ヶ月で収益を出したというと「元から頭のいい人でメンタルも強い人なんだろ...」と思われそうですが.
全くそんなことなかったですよね?
むしろ,受験時代は3浪までして親を泣かせるというクズっぷり,仲間が大事という事に気づかない鈍感なバカ,そしてうつ病になるくらいメンタルクソ雑魚でした.
だからあなたにも絶対に出来ます!
ネットビジネスは未だに世間からは怪しい目で見られていますが,本当に人の人生を変えます.
決して楽ではありませんが,気持ちさえあれば誰でも稼げます.
そして成功すれば,
・就職をしないor退職するという選択肢を作れる
・毎日美味しいものが食べれる
・親孝行できる
・恋人や子供にお金を使える
・器が大きくなる
・自信が持てる
などなど
今まで自分には無理だと思っていた多くのことが出来るようになります.
中でも個人的に一番大きいと思うのは,自分の心に余裕が出来て,他人の幸せを心から願えるようになることです.
正直自分は今まで,医学部に入った人達に向けた嫉妬心とかすごかったですからねw(特に浪人してる時とか)
みんな死ねばいいのにと本気で思っていました笑
ここまで酷い人はあまりいないと思いますがw
でも今はそのような気持ちは全くありません.
むしろ,多くの人に幸せになってほしいという気持ちでいっぱいです.
だからぜひあなたもネットビジネスに興味を持ち,人生を変えて幸せになってほしいと心から願っています.
ほんの少しの行動が人生を変えます.
少しでも気になった方,少しでも人生を変えたいと思った方は気軽に相談しにきてください.
ではまた.